すが雑談

菅波栄純。1979年10月16日生まれ。福島県出身。 結成20年を経て活動中のバンドTHE BACK HORN所属。 ギタリスト/作詞作曲者。お仕事のご依頼はこちら tbh_contact@speedstarmusic.co.jp 人生は結局喜劇だと思う。

「どうやって作詞をしてるか」という質問にざっくり答えます!

歌詞をどうやって書いてるんですか、とけっこう聞かれるのでざっくり答えてみます。

メロディーにしっくり来そうな言葉を探す/ボーカリストにしっくり来そうな言葉を探すのが最初の作業であり、ここで完結することもある。歌って気持ちいい歌詞や、ボーカリストの魅力を発揮する歌詞を書けるひとはめちゃくちゃ強い。
世の中的にもワードセンス勝負になってるし、歌詞はMVなどのビジュアルにも影響するのでプロデュース的な役割もある。

なので昨今の多くの楽曲にはインタビューだとよく聞かれる「メッセージ」とか「歌詞を書いたきっかけ」はないことも多いのでは(ないということはもちろんないけどインタビュアーの方が期待するようなドラマはないというか)。あくまでデザインに近いものというか。

リスナーとしての自分は音楽に対して根本的には快楽主義なので、別にそれも良いじゃん、と思えたりもする。ただ作る側になると菅波は否が応でもメッセージ性が生まれてしまう星の下に生まれてるだけで。

そういう今の流れをとりいれつつ、ちょっとした工夫をプラスするのが自分のやり方で。
上記のワードセンス重視は大事にした前提で、

歌詞だけ読んだらストーリーみたいになってて「これ、メロディーがのったらどうなるんだろう」って思ってもらえそうな感じまで膨らませるのが楽曲提供のとき。

バックホーンの楽曲の場合、自分にとっては仕事で書くっていうよりアートなので、普通にまっとうにメッセージを大事にする。バンドがその曲を演奏したときの佇まいも大事にする。
逆に、バックホーンが歌うべきメッセージは初手から意識しつつ、そこに「新鮮さ」を後付けする感じになるなあ。

菅波の場合歌詞先で書くことも多いので(もしくは同時進行)、その場合、かなり自由。素敵な歌詞を書くことだけ考えたら歌詞先の方が断然良いと自分は思う。

とはいえ中学3年生のころから鼻歌に歌詞をつけて作詞していたわけでメロディーに歌詞を乗せるのは得意なほうかも。

すご~くざっくりと作詞の話をしました。また語ろうと思います~。それでは!

 

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(ネタバレあり)古見さんは、コミュ症です。(19)をバ美肉化して語る

ぬっころもちPはミュージシャンで漫画とかアニメが好きです。

 

 

古見さんは、コミュ症です。(19)

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ボイスチェンジャー
Gachikoe! Core (ガチコエ! Core)

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中学生のころ描いていた勇者クエストという漫画

小学~中学時代にかけて菅波の趣味は漫画を描くことだった。うちのばあちゃんが絵を描くのが趣味で(魚などを描いていた)、筆やペンがばあちゃん家にたくさんあったので、そのなかでミリペンというのだろうか、先端の細いタイプを気に入って自由帳やテスト用紙の裏や算数のノートに描いていた。

 

当時ドラゴンクエストが流行っていたのでモンスターを倒していく冒険ものを描くのは自然な流れであった。タイトルは「勇者クエスト」。クエストは探求することだから勇者を探す旅になってしまうがその辺は若気の至りとして流していただきたい。自分の世代でもロールプレイングゲームはめちゃくちゃ流行っていて人気タイトルもいろいろあった。しかも時はノストラダムスの大予言が迫る世紀末、子供のなかでは信憑性がある予言とされていたので「巨大な敵を倒して自分が世界を救う」的な感じっていうのはめちゃくちゃしっくりくる世界観であった。


勇者クエストで特筆する点は、小学生の菅波から中学生の菅波にバトンが渡ったときに作品の方向性がえげつなくテコ入れされるところだ。商業誌の漫画やヒーロー系実写ものでもあるが、大人の事情が入ってきて作風が全く変わっちゃう、あれ。

 

初期の勇者クエストは、ほぼそのままドラゴンクエストをなぞった世界観だ。というかそのまんまスライムっぽい敵が出てくるし主人公もドラクエの主人公みたいに中世風の鎧と剣と魔法で戦っていく。

 

しかし中学生の菅波はそのファンタジックな世界では盛り上がれなかった。なぜならわが中学校は数は少ないながらもヤンキーたちが暴れ回るリアルでハードな戦場であり、その日常のストレスは初期勇者クエストの牧歌的なファンタジー世界を描いても発散されなかったために、中学版「勇者クエスト」では勇者は説明無く突如中学校に入学し、女性へと極めてナチュラルに(脈絡なく)性転換し、剣を銃にもちかえて教室に突如現れるキモいモンスターを狩りまくる話に変わっていった。

ストレス発散という目的もあってか、当時が一番画力と気合いがあった気がする。でかい化け物の下に滑り込んで主人公の女子が二丁拳銃で化け物の腹を撃ちまくるシーンなど、当時の画力を超えた名シーンである。

 

しかし徐々に菅波は作曲に興味がスライドしていき、残念ながら勇者クエストは未完で終わってしまうのであるが。いつか大人版「勇者クエスト」を描いてみたい。異世界系ラブコメみたいになったりするかもしれない。

 

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TVアニメ「五等分の花嫁∬」第1話

相変わらず全員が可愛くてありがたいですなあ。。。コミックスでは三玖や二乃が好きだったのだがアニメになると動きや声の魅力が加わってみんな、いい。。。。五等分の花嫁って女性でもはまってる人が多いラブコメのイメージあるけど、「男子が喜ぶハーレム感」だけじゃなくて引き込まれる推理要素みたいなのがあるからなんだろうな。。。

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コミックナタリーより

 

 

 

アニメ「エロマンガ先生」の推しを教えてください お願いします集まれ

アニメ「エロマンガ先生」のキャラは本当に魅力的!みんなの推しは誰!?

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草むらにエロ本が落ちてる時代が懐かしい

我が実家の前には踏切があった。踏切の両側には草むらがあって、そこによくセクシーな本を棄てていく人がいた。
中学生の菅波は学校からの帰宅時、いつも草むらをチラ見してから家に帰った。まあ、違法な投棄なわけだがそこは置いといても、エロ本って懐かしいな。
その類いの本のエロ度というのはピンからキリまであり、SM本などのコアなものから水着グラビアどまりのものまで様々だ。線路沿いの草むらというのはエロ捨て者(えろすてもの)にとっては最高の場所らしく、我が実家の前の草むらは様々な趣味趣向が入り乱れたエロ捨て山(えろすてやま)となっていた。

中学生には教育が行き過ぎていないか、とお怒りのご婦人もいらっしゃるだろうが確かに断片的にやたら詳しくはなっていた。しかし残念なのはその捨てられたセクシーな本のほとんどが湿っていて、ページがくっついて大事なところはよくわからないという、雨風や福島の風土、そんな自然が作った袋とじ(ふくろとじ)になっていたことだろう。

それに白昼堂々エロ本を拾うわけにもいかず、早朝誰よりも早く起床しての回収作業になるわけで、霜が降りていることも多々あるわけで、明け方エロ本を拾ってる後ろからうちのばあちゃんが霜をざくざく踏みしめて歩いてきてひいい~って逃げ出したのもいい思い出だ。
その草むらもどういう事情かわからないがそのうちに駐車場になり、清潔な場所になった。まあ、そこまでセンチメンタルになるわけでもないが懐かしくはある。

その一部始終、あるものがエロ本を棄て、またあるものがエロ本を拾い、という営みをずーっと見ていたのが線路沿いのおじぞうさんである。
事故とかなんだかんだあった踏切の安全を願うためそこにいたおじぞうさん
まさかエロ本たちの行く末までみることになるとは思っていなかったとおもうが。優しいお顔でまだあそこに立っているのであろうか。実家があの場所ではなくなってから行ってないので、今度帰った際には挨拶にいこう。

 

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専門学校入学の初日で現在までの人生が決まった話(ファッション編)

このバックホーン結成のエピソードはいろんなところで話してきたが、アーカイブのつもりで動画とテキストにしておこうと思う。
菅波は高校を卒業して東京にて音楽の専門学校に入った。大学には行く気が無かった。なんせ高校入学の時点で母親に「目的もないのに高校にいく意味ってある?」とめんどくさい質問をし続けた男である。音楽の専門学校には目的があったから入った。仲間をみつけるためだ、音楽をやるための。勉強は2の次であった。

初日に英語の授業があった。菅波はギター科で、そのほかの学科の人間も集まって大教室で授業が行われた。もし、ここで自分が直感的に「こいつだ」と思うひとがいなければ職業作家の道を考えていた。むしろ、そっちに気持ちはいきかけていた。

しかしボーカル科に将司がいたのだ。菅波の実家は魚の卸売りで、市場に連れて行ってもらったこともある。目利きの家系だ。ピンときた。心の中で札を上げた、「そのマグロ、おれが買う」と。当時の将司はいまのストイックな印象とは微妙に違う。パーマで髪が爆発していたし、サーファーブランドのTシャツにサンダルという服装。良い意味で専門学校に過剰な期待をしていないことがわかるいでたちだ。茨城という関東出身者の余裕ともいえる。
一方福島から出て来た菅波はシースルーの迷彩パーカーにヒョウ柄の毛がフワフワした短パンという薄手なんだか厚手なんだかわからない「チャンスよ、おれを見つけてくれ!」という気持ちがあふれたスタイル。
この日出会ったマツといえば、きれいめのパンツにローファー、白シャツ。透明なクリアファイルにドラムスティックを挟み込むという福島出身にしてはなかなかの変化球で攻めていた。
このへんの違いはなぜかというと、菅波は東京=原宿・渋谷。マツは東京=池袋。という1歳の違いながら世代差ゆえの東京観の相違という話である。
そうなると俄然地元からそのまま電車に乗ってきました、という風情の山田に軍配があがるというものだ。専門学校にいるのにギラギラ感がないところも逆に目立っていたのかもしれない。次回はいよいよ話しかけるところを語ろうと思うのでお楽しみに。

ところでバックホーンの初代ベーシスト直己のファッションはどうだったかというと、一番専門学生らしく好感のもてる感じだった。背が高くてイケメンという素材あってこそだが、白シャツにジーンズ、みたいなシンプルファッション。逆にモデルさんの私服ってそういう感じですよね、わかります、的な。ずるい。

はい、それでは次回をお楽しみに。

 

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